無題

やけに長く感じた冬がようやく終わってきつつあるような、

それでも不安定な気温と気圧に翻弄されて鬱々、春の日ですね。

春が好きな人は多いですけれど、私は今までかつて春を楽しめた記憶がない。

というのも昔から重度の花粉症に苦しめられる体質ゆえ、スギやヒノキのせいだとはわかってはいても

世界の全ての花々すらも憎らしく見え、当然桜もその対象で、お花見にも行けないし第一外に出たくないのであった。

 

それはそうとずっとそんなことも言ってられず、まるで1年をすっかり清算したような顔をしてはまた新しい1年を連れてくる学校、

私は春から大学3回生になる。

そこまで劇的な変化があるというわけではないけれど、必要以上には学校に行くことがなかった私にとっては

重い課題がのしかかることが約束されており、そこに付随する人間関係や自己の能力のことに思いを巡らせるだけでも拍動が不安定になる。

 

歳をとるごとに生きづらさが増している。もともと人前で喋ったり大人数でいることが得意ではなかったが、

人間関係もそれほど問題なく過ごしていたし、大学に入ってすぐまでは社会に溶け込めていると思っていた。

ただ、自分が思っている以上に頭の中で多くの考える必要のないものまで大量に考えている、

そしてその杞憂一つ一つに向き合っている為に、いつもなぜだか疲れている。

そして、周りの人間ができていて私にできないこと、そしてそれは私しか気づかないということ。

最近わかったことだが、これには名前がつく。かもしれない。

 

自分のこと、恋愛のこと、人間関係、お金のこと。

まだ可愛らしい方よ、これからもっと大変に・・・などと、脅しに近い形で揶揄されるような20歳の諸々の問題は、

時間が経たない限りいつだって、生活の全てで、全てなのだ。

それでも時間は平等に、同じスピードでしか進んでくれない。今が完全に過去になるまで、はっきりと思い出として括れるようになるまで、あとどのくらいかかるんだろう。そんな日はくるんだろうか。

 

ピアスの穴をまた1つ増やして強くなったように錯覚する。

外見が内面の一番外側なんだったら、外堀から強くしていけば中身も強くなれるってことでしょ?

 

必要以上に眠ると、それを責めるように悪夢に叩き起こされる。

 

文字を目で追うことだけをしていれば煩雑な意識から逃れられる本。目を閉じても流れてくれる音楽。

救い。

 

調子はどうですか、きちんとご飯食べてますか。

脳みそと頭蓋骨の隙間にずっといる人影。