8.5月
pm 11:02
今日も30ℓのゴミ袋を二つだす。
断捨離は一度勢いがつくとどんどん進むので楽しい。
物を捨てていくたびに、本当に大事なものってほとんどないなと思う。
笑っちゃうぐらいのどうでもいいものがゴミ袋に放り込まれているのをみると
面白いような、少し寂しいような気持ちになる。
今日は、昔に買った絵と、
大学に入ってから集めていたフライヤーを全部捨てた。
デザインの勉強や参考にするために集めていたけれど、
見返したことなかったなそういえば、と思い捨てた。
絵も、好みではあるけれどなんとなくいらないな、と思い捨てた。
もともと物を捨てることにそれほど抵抗がない。
だから、物を捨てられない人の気持ちに共感しにくいのだが、
さっき私が行った「少し寂しい」の部分がとてつもなくデカかったりするんだろうか。
そういう人たちは、ゴミを処理場まで持って行かれて燃やされる直前にいたとしても
死ぬ気で取りに行くほどのものを持っているんだろうか。
自分が持っているものを思い出せる数なんて限られている。
眼中から消えたらないも同然、次の日からはもう忘れてるほど我々はバカなのだ。
物に限らず、何かに依存するのはダサい。
この世の中に絶対が存在しないこと、
強いていうならば自然法則と自分しかないということに感づいた時には
人や世の中、そして自分が変わることが怖くなくなっていた。
世界の中心は自分でしかないのだ、絶対的な真理はここ・・・
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最近、よく人から相談を受けたり意見を求められることが多い。
自分の意見が、その人の生活に
何かしらの意味を持つことほど嬉しいことはないな。
私自身は、最近感情を使用するイベントをできるだけ避けているので
人の話を聞くことでちょうど良い塩梅に精神が安定する。
人の話を聞けば聞くほど、
『嫌われる勇気』の
「全ての悩みは対人関係においてのみ発生する」みたいな旨の一文を思い出す。
「自分に自信がない」などといった、一人で完結していそうに見える悩みほど
人からの評価や過去のバッシング、社会的立場や常識など、
不特定多数の人間が潜んでいる。これも紛れもない対人関係の一つ。
そういう悩みほど、潜在的で自分では気づかないことが多いので厄介だ。
時間をかけて、ゆっくり解いていくことしか解決策がないけれど
それを手助けするのもまた他人。
私を頼ってくれる友人や大切な人たちにとって
そういうきっかけを与えられるようになれたらいいな
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気づいたら夏が終わりかけている。
お盆を過ぎた途端、何かの合図があるのかと思うぐらいに涼しい。
秋から冬にかけての全てが好きなので、
少し調子に乗って長袖のワンピースを着たら暑くて脱いだ。
夏ってこんなに短かったっけ。
夏休みは始まって2週間しか立っていないけれど、もう全うした気分だ。
夏といえば、に続くイベントに精力的ではない性格とはいえど、
花火も祭りも行かなかったことを少し後悔している。
お盆を過ぎるとほとんどイベントはないし、
巻き返すつもりで今から手持ち花火や海に行ったりしても、
夏の終わりの部分だけが強調されてしまうのは明らかだ。
あと半分、どこにもいけない寂しさを
誤魔化す8と2分の1月・・・