距離・変身・興味
映画や本の鑑賞に、自身の生まれ変わりを期待しすぎなのかもしれない。
だから感想がうまく言えないのかな、
もっと経験や自意識を介在させずに作品を観たい、と思うけど…
いろんな歴史や文脈の蓄積が根本的に足りてなくて、
比較のサンプルが自分の経験しかないのが原因だろうか。
”興味”ってなんだろう、
興味を持つとか視野を広く持つってどういうことなんだろう。
って考えてみたんだけど、
『自分の生きる時間軸にそれが関係していると思えること』
だよな、多分。
興味関心がない、興味を持てないって一言で片付けがちだけど、
それはその対象と自分の身体に距離があるからで・・・
例えば、私は美容や食みたいに自分の体を経由したコンテンツ、
つまり感覚と身体の距離が近い(食とか香とか)、あるいは身体そのもの(化粧とか?)には興味があるけど、
歴史や文学、語学みたいに、いまの地点から距離があるもの、
感覚を介在させるあまり必要がなくて、言葉のみ、脳だけで処理するものとかは苦手。
とか。
これは多分、好き嫌いの問題なのかな、
身体と対象の距離感がどのくらいあると心地いいと感じるか。。
あるいは、距離とかではなくて、「身体」と「身体と思っている場所」が人によって違うか、、
ある段階で急に何かに興味を持ち始めるっていう現象は
それが自分の生活、『今』に関係があると感じられるからであって、
そこらへんの契機に操作を加えることができたらもっと世界は広がる・・
けど、無理やり習ったり人から話を聞いただけであっさり面白そうって思えたら苦労しないから、
結局はその対象が自分の内面にどの程度すっぽりハマるか、ということなんだけど
これは今のところ、やっぱり外的な刺激が必要だな・・・
外に出て環境を変えることでしか得られない感情の波を利用するしか今はなさそう。
私は。
自分でどうこうするのは結構非効率なんじゃないか?って思い始めた今日この頃、
私の感情は私だけのものじゃないから、いくら自分で考えたって
同じところをめぐって、もう巡りきってる気がするのだけど。
拡張するしかないのに、どうしたらいいのかまだまだわからないな。
こういう話、誰かとしてみたいな・・・
ちょっと、お茶しませんか〜?