みるる

10月27日 

 

頭で考えすぎることは私の癖で、しばしば人に心配されてしまう部分ではあるけれど、

それが現実に少ししか役に立たないとしても、思考の余剰はいつか自分を救ってくれたりする。

 

外に向かえど向かい風、そそくさと向きを変えて自分の部屋に帰ってゆく、つまりとっても内向的。

自ら進んでとっつきにくい人間になろうとしているような、そんなぐあいである。

 

昨日は糺の森ワンダーマーケットという左京区のイメージを凝縮したようなイベントに行ってきました。

去年も行って今年で2回目。去年買ったスパイスコーヒーとカレーを求めて向かったのだけど、スパイスコーヒーは見当たらなかった。

 

人がかなり多くて、カップルや子ども連れがたくさんいた。

昨日も会った後輩とまた遭遇した。後輩は彼女を連れて来ていたのだけど、こういうシチュエーションがかなり苦手(なぜかは知らん)なので体力が一気に削られてしまった。

 

カレーを食べてとりあえず神社から出て、よく行く近所のカフェに逃げた。

ありがとう、今日も人がほとんどおらずゆっくりのんびり過ごす。

さつまいものケーキとチャイをいただいた。

 

このカフェはオーガニックとか素朴とか、たぶんそういうのを大切にしているのでケーキも甘すぎず手作り感がある。

さつまいものケーキはスポンジにさつまいものペーストを塗ったような感じだった。

しかしこのスポンジが、食パンを固めて焼いたのかと思うくらい固く、

ケーキというかなんというか…何だろう…と、割と微妙な気持ちになったのだった。

 

ケーキは美しく、溶けるようであり、そして甘くなくてはならない。

ケーキとは見た目の良さと甘さに、食べ物としてのスペックを全振りしている特殊な存在である。

ケーキを前にしてフォークを当てては、その断層に想いを馳せ、ホイップの揺らぎを眺める。甘い美しさのために駆り出された酸味と苦味のことを思う。

 

 

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10月29日

 

ツイッターで知り合った美大生の、絵のモデルになるべく造形大へ。

その方の作品がタイムラインに流れてきて、結構衝撃を受けてフォローしたのだけど、

なんか初めてのことしたいなあと思ってたときにちょうどモデルの募集をしていたので応募した。

 

 

絵のモデルとして・・現実以外で完全に素材の一部として存在する私、

私以外の人の解釈で使用された私を、私が見つめることに興味があった。

いつからか全く自分をさらけだすことに恥じらいを感じなくなっていることを薄々感じていたので、自分の感情の機微を確かめてみたかった。

(身体を人に晒すことについて何が恥ずかしいのかわからなくなった。恥じる気持ちというのは私にとって先回りの保身で、胸の大きさや肉付きのコンプレックスを刺激される前に自分で自分を守るためだったのかもしれない。)

(そういえば、自分の体に対して何かの拍子で性的な感情を持たれることを非常に怯えている。自分の身体が誰かの目に入ることで誰かの理性を狂わせることが本当に怖い。日本では勝手に人の身体をそういう目でみる云々については議論がよくTwitterでされていて、それはうれしいけど分かり合える日は来るんでしょうか?こないだろうな)

 

そんなこんなで、撮影者の人は女の人で、絵を描くことに対する真摯な姿勢を信頼できたので普通に始めることができた。

他人の中に存在する自分を表現で示してくれることはとてもありがたいことだな・・。

撮影中は、自分の身体を性的な目でみられずに(本当はどうかわからないけど、そういう態度を取られることはなかった)居られるのがなんだか嬉しく心地よく、穏やかだったと思う。

 

データを二人でみて居た時も、「なんかこれいいな〜」とか、「こういう部分をいいと思ってるんだな〜」とか、そういうのをごく普通のテンションで見ていたのが面白かった。自分を見てるんだけど違う人を見ているような、でも変に愛着湧くような・・

なんかうまく言葉にできないけど、、、。

 

今後やることがあるかはわかんないけど貴重な体験だったな、完成が楽しみ・・!

身体はバラバラにされたりぐちゃぐちゃになっちゃうけど・・