ビジョンメモ

 

開会式を見て悲しい気持ちになったのとか、

最近もまた仕事と自分の関係について悩み始めているのとか

いろいろ

 

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今の部署での仕事はまあ結構さすがに慣れてきた、

まだまだできないことも多いけど、ゆったりしたペースで周りに助けられながら

自分なりに考えたこととかが受け入れられ、対等に見てもらえつつあると感じる。

 

そんな中でもやっぱりしっくりこないそもそもの、

自分の仕事が本当に誰かのためになっているのかという

(この表現が正確かはわからないけど、大きく言えばそんな感じに近い)

漠然とした空虚な気持ちがずっと拭えない。

 

クライアントが喜ぶ顔をもっと間近で見たいとか、そういう問題でもなく、

じゃあ医療従事者になったらいかがか、とか

そういうわけでもないんだな。

 

 

それをより強く意識するようになったのは、

ここ2年くらいのコロナ禍でのひどい政治やら

直近オリンピックの開会前のごたつきを見てからで、

 

デザイナーは付加的な価値を提供する仕事だから

そういういろんな社会の問題に何も貢献できないような、

むしろ特定の思想や誰かの思惑を助長するように利用されたり、

自分で無意識にそれらを反映させてしまうのではないかと

怯えてしまったのであった

 

 

でも少しだけ、自分がどんなデザイナーになりたいかを考えたときに、

まずデザインが社会とどう関係してきたのか、今どんな風に機能しているのかを

ちゃんと見れるようになりたいなって思って

「イケてるものを増やしていい感じにする」とかふわふわしたビジョンで止めてた部分を

もっとぐっと踏み込んでいきたいなとおもった!

そういう事実をきちんと認識して論理的に判断すること。

 

あの店のロゴが可愛い〜みたいな瞬発的な感想も大事にしつつ

その感想がどこの誰によって、なんの文脈に沿っているのかを意識できるようになりたいな。

 

はっきりとした個人的なビジョンとして、知性が価値を持つ社会にしたいので、

それを実現するために仕事をしたい